思想を実装する

この言葉は、情報アーキテクト石橋秀仁のモットーです。その背景について、少し説明してみようと思います。

いつも様々な人たちが「社会を変える」と言っています。そして、様々なことを論じたりしています。しかし、言論の力だけで社会が変わることは稀です。人々の思考や行動を変えるためには、人々を取り巻く情報環境を変えることも大事です。

人々が利用している製品やサービスの仕組みのことを「アーキテクチャ」と呼びます。社会の情報化が進展したことで、良くも悪くもアーキテクチャの影響力が増しています。現代において、アーキテクチャは力です。そのアーキテクチャを意図的に設計することで、情報環境をより良い方へ設計していくこともできます。あるいは、設計次第では、悪い方へも。

実際にアーキテクチャの力で社会を変えようとしている人たちがいます。ピンとこなければ、例えば、グーグル、アマゾン、食べログ、LINE、メルカリなどを思い浮かべてください。それらのサービスが社会をどのように変えつつあるのか。それらがなかった頃と、今とでは、あなたの生活が、あるいは社会が、どのように変わったか。それは良い変化だったか。将来への不安要素はないか。

このように、アーキテクチャの力が社会の行く末を大きく左右している昨今ですが、それについて語る言葉は不十分なままです。アーキテクチャの背景にどのような思想があるか。どのような方向に社会を導こうとしているのか。誰がどんな影響を受けるのか、あるいは、将来受けることになるのか。そういったことを分析し、評価し、ときに批判するための言葉が必要です。つまり、アーキテクチャの批評が必要なのです。

アーキテクチャ批評は、アーキテクチャを批判するためだけでなく、アーキテクチャの作り手にとっても重要です。作り手が独善的な設計に陥らないために。そして、より良い設計にするために。いわゆる設計倫理や、設計の良し悪しを論じるための言葉でもあります。

先ほど「言論の力だけで社会を変えることは困難だ」と述べましたが、言論が重要ではないということではありません。やはり言論も大事です。作り手や使い手の認識をより良い方へ変えていくために、デザインという活動は、最終的には言論(ディスコース)をデザインしなければなりません(意味論的転回)。やはり、言論は力なのです。

私は「思想を実装する」というモットーに、次のような意味を込めています:

  • アーキテクチャの設計や実装は、意図的に思想を根拠としなければなりません。つまり、どのような思想に基づいているか、きちんと言葉で説明できなければなりません。
  • 立派な思想があっても、それが適切に設計・実装されなければ、よくないことが起こるかもしれません。
  • 思想に問題がある場合、それが「うまく」設計・実装されることで、よくないことが起こるかもしれません。
  • まっとうな思想を、まっとうに設計・実装することが大事です。

このような考えで、言論・思想と、設計・実装との関係性を、より良いものにしていきます。

以下、私が書いてきた文章の一部を紹介します。

機関誌『ゼロベース』および展覧会「クラフトとシステムの衝突」

機関誌『ゼロベース』第0号(創刊準備号)では、「情報技術革命とアーツ・アンド・クラフツ運動」をテーマとして、「クラフトとシステムの衝突」をめぐる潮流をリサーチ。三百年史のダイアグラムを掲載しています。

デザイン、コンピュータ、経営、思想といった諸分野を横断しつつ、産業革命から情報技術革命に至るまでの「クラフトとシステムの衝突」の歴史をまとめました。それは「つくる喜び」と「使う喜び」の両立をめぐる試行錯誤の歴史です。人間の仕事全般に関わる重要な論点であり、多くの人にとって無関係ではない問題です。

本誌の内容にもとづく展覧会「クラフトとシステムの衝突」も開催しました。

https://www.zerobase.jp/works/zerobase-0/

機関誌『ゼロベース』創刊、あわせて展覧会を開催します

つくる仕事は楽しい。私たちのだれもがクラフトマンシップを持っています。しかし、その喜びを奪われている人もまた、ますます増えているように思えます。私たちはどうすれば、つくる喜びを取り戻せるのでしょうか。

自営の思想

どうすれば労働者は企業に隷従することなく、企業と対等な交渉力を持ち、自由に働くことができるでしょうか。ゼロベース株式会社の創業者・経営者として、そのような問題意識、いわば「自営の思想」を、2008年から実装・運用してきました:

https://www.zerobase.jp/za/

セルフマネジメントテクノロジー Za

ゼロベースはインターネットサービスを開発する会社です。

コンピューターの思想

いわゆるPCからスマートフォンまで、パーソナル・コンピューターは何のために存在するのでしょうか。それらは決して価値中立な道具などではありません。簡単に言えば、人間の能力を拡張し、人間の自由を拡大するための道具として構想されたのです:

https://www.zerobase.jp/salon/2019/12/01/object-oriented-psychedelics.html

オブジェクト指向幻覚剤 カウンターカルチャーとしてのパーソナル・コンピューティング小史(仮)

2019年12月1日、Fukuoka Growth NextにてFGNエンジニアMeetup vol. 4に当社代表の石橋が登壇した際の記録映像を公開しました。タイトルは「オブジェクト指向幻覚剤 カウンターカルチャーとしてのパーソナル・コンピューティング小史(仮)」といいます。やばい歴史の話です。やばい年表もあります。

https://www.zerobase.jp/salon/2019/05/25/hardcore-oo.html

オブジェクト指向のハードコア

オブジェクト指向のハードコアは2019年5月25日にゼロベースサロンで行われたイベントです。「オブジェクト指向」というキーワードについて、プログラミング、デザイン、哲学などの分野を横断しつつ知的な議論ができました。記録映像は必見。

日本社会でIT導入や生産性向上を妨げているものは何でしょうか。それは単なる「ITリテラシー」とか世代論の問題といったことではありません。江戸時代以来の日本的社会契約の問題なのです:

https://hideishi.com/blog/2016/12/29/japan-productivity.html

日本人の低すぎる生産性とIT百姓一揆

生産性を上げるためにはIT投資が必要なのに、日本ではIT投資をしても生産性が上がらない。この謎を解く鍵は江戸時代にあるのではないか。

コンピューターのデザインにおいて、「高齢者にやさしいデザイン」ということがよく言われますが、それは本当に高齢者を尊重したデザインになっているのでしょうか:

https://hideishi.com/blog/2020/03/07/cyber-anti-ageism.html

コンピューター・エイジズム 高齢者を疎外しない情報化社会へ

この文章は二つのことを言うために書かれている:「高齢者のためのやさしいコンピューター」を作ろうとしてはならない。「人は年をとったら新しいことなど学ばなくなる」という思い込みを無くすべきだ。

新型コロナウイルス感染症対策アプリ(その日本版が接触確認アプリCOCOA)が人々に信頼されるためには、どのような設計であるべきだったしょうか:

https://hideishi.com/blog/2020/05/26/ethical-guidelines-for-contact-tracing-apps.html

新型コロナウイルス接触追跡アプリのための倫理的指針 正しいアプリが正しく作られているかを評価するための16の問い

情報倫理学で知られるルチアーノ・フロリディ教授らが発表した新型コロナウイルス接触追跡アプリのための倫理的指針(ガイドライン)を翻訳しました。

接触確認アプリCOCOAは、なぜ失敗したのでしょうか:

https://hideishi.com/blog/2021/02/22/true-reason-why-cocoa-failed.html

接触確認アプリCOCOA失敗の本質 ITの問題であると誤認せずに、正しい総括を

今回、たまたま「接触確認アプリCOCOAの失敗」という形で、政府の問題が明らかになりました。問題の本質は、政府のガバナンスです。改めるべきは、戦争に負ける日本人の認識論です。

スタートアップの思想

スタートアップが単なる金儲けに終始するのではなく、社会変革の担い手(前衛)であるためには、何が必要でしょうか。簡単に言えば、思想と運動の歴史に関する知識です:

https://hideishi.com/blog/2020/10/14/philosophy-for-startup.html

起業がふたたび社会変革の前衛になるために 「スタートアップのための思想史・運動史」序説

全共闘以後、若者は政治音痴になり、運動嫌いになった。ノンポリになった。起業の目的も自己実現か金儲けになった。社会変革の大志は失われた。ふたたび起業が前衛になるためには何が必要か。

https://hideishi.com/blog/2015/08/03/consulting-for-startups.html

アーキテクトが起業家やベンチャー企業のためにできること

特定分野の専門家としてのコンサルティングではなく、総合的なプライマリ・ケアができます。また、エコシステムへの思考や、SF的想像力を呼びおこすことで、事業を大きく構想するためのお手伝いができます。

デザインの思想

デザインとは何でしょうか。デザイナーとは何者でしょうか。何者であるべきでしょうか。簡単に言えば、21世紀はあらゆる活動が「デザイン」として再解釈される時代であり、デザイナーは21世紀を代表する職業になるということです:

https://hideishi.com/blog/2013/12/03/semantic-turn.html

ユーザー・エクスペリエンスについて考える人に読んで欲しいクリッペンドルフの『意味論的転回−デザインの新しい基礎理論』

『意味論的転回』は、「デザインとは、そもそも何なのか?」という根源的な問いに答える哲学書でありつつ、実践的手法を紹介する本でもあります。

情報アーキテクト(IA)とは何でしょうか。どのような存在であるべきでしょうか。それは建築の歴史や文脈を引き継いで、情報空間の設計という課題を引き受ける職業です:

https://hideishi.com/blog/2014/04/25/future-of-information-architect.html

建築家の歴史と情報建築家の未来

情報建築家(インフォメーション・アーキテクト)は、どこから来て、どこへ向かうのか。建築家の歴史を辿りつつ考えました。

「アート思考」という言葉を捉え直し、アートの世界で実際に行われている抽象的な思考法について論じました:

https://hideishi.com/blog/2020/11/23/art-thinking.html

「アート思考」の話

「アート思考」という言葉は、「過去や常識に囚われることなく、自由にアイデアを出す発想法」という意味で使われることが多い。しかし、それは本物のアーティストの思考法なのだろうか?

美術館のような公共的なサービスのデザインはどうあるべきでしょうか。いわゆる人間中心設計やペルソナ法といった「代表的ユーザー像」を想定するのとは異なる、オルタナティブなデザインの方法論を模索しました:

https://hideishi.com/activity/2020/02/22/world-ia-day-fukuoka-2020.html

World IA Day Fukuoka 2020 でワークショップを実施しました 来るべきユーザーのためのインクルーシブな美術館構想 @WIAD_Fukuoka

情報アーキテクチャ(IA)のグローバル・イベントWIADの福岡支部を立ち上げ、美術館のサービス・デザインを考えるワークショップを行いました。

https://hideishi.com/blog/2020/04/01/world-ia-day-fukuoka-2020.html

来るべきユーザーのためのインクルーシブ・デザイン試論 「第四世代の美術館」のために @WIAD_Fukuoka

World IA Day Fukuoka 2020 のワークショップ設計にあたって、非利用者(ノン・ユーザー)のためのデザインの可能性を模索しました。