特定分野の専門家としてのコンサルティングではなく、総合的なプライマリ・ケアができます。また、エコシステムへの思考や、SF的想像力を呼びおこすことで、事業を大きく構想するためのお手伝いができます。

アーキテクトとしての私が起業家やベンチャー企業のためにできることについて、現時点の考えを棚卸ししてみました。ひとつの「理念型」として書き記しておきます。1

総合的なプライマリ・ケア

「総合診療医」のメタファー

私が創業初期のベンチャー企業にアドバイスするときには、特定分野の専門的な視点からではなく、総合的・全体的に診断し、そのうえでアドバイスするよう心がけています。

それは「ホームドクター」(家庭医)のあり方に似ています。大学病院などの「専門医」と違って、地域の患者に対して日常的な医療サービス(プライマリ・ケア)を提供する総合診療医のことですね。

総合診療医の役割は、

  1. あらゆる心身の不調の相談に乗り、適切な時に適切な医療者を紹介する
  2. 継続的で患者を中心に据えたケアの提供
  3. 無駄な医療行為を避けながら、重大な疾患を逃さない優れた臨床能力
  4. 生活や地域の目線を持った包括的な医療
  5. 優れたコストパフォーマンスの実現への努力
  6. 患者を「人」としてバランス良くサポートする全人医療

だとされています2

家庭医と患者のイメージ

「プライマリ・ケア」の事例

ある会社の話をします。創業初期は、私がある分野についてアドバイスしていました。その後、事業が成長し、組織も大きくなってきました。最近では、その分野における一流の専門家を、アドバイザーとして招へいできるようになりました。

そうなると、もはや私がその分野についてアドバイスをする余地はありません。すこしだけ寂しくもありますが、クライアントが成長した証であり、よろこばしいことです。

創業初期に必要なケア

企業がある程度まで成長すれば、各分野の一流の専門家をアドバイザーやコンサルタントとして招くことができるようになります。あるいは、社員として採用できるかもしれません。

一方、創業の初期段階においては、そのような一流の専門家を招くことは難しいでしょう。人脈的にも、金銭的にも、仕事の魅力という面でも。それでもなお、社内には未経験の問題が山積みでしょう。それらの問題のなかには、経験者の知識を使えば簡単に解決できるものも少なくありません。

そういう創業初期のベンチャー企業に対して、ホームドクター的にプライマリ・ケアを提供することができます。つまり、「なんでも最初に相談してくださいね」というスタンスのアドバイザーとして、経営全般の相談にのるということです。少し「メンター」に似ている部分もあります。

アーキテクトの総合力

アーキテクトの強みは、幅広い分野について知っていることです。個別分野においては、その分野の専門家にはおよびませんが、総合的な診断力には期待していただいてよいと思います。

そもそもアーキテクトは専門性ではなく総合性によって仕事をするものだし、製品やサービスや自社という「部分」だけでなく社会「全体」のことも考えながら仕事をするものです。それが私にとってのアーキテクト像です。

ちなみに、もし私の手にあまるような専門的な難題が出てきたときには、その分野の専門家を紹介します。それがあるから「なんでも最初に相談してくださいね」と言えるのです。

総合的な診断

ある問題が「どの専門分野の問題か」を適切に診断することは、まさしく総合的な診断力の問題です。

例えば、「ソフトウェアの品質が低く、生産性が下がっている」という自覚症状と、「プログラミング技術を向上させたいので、研修でもしようかと思っている」という相談があったとしましょう。しかし、総合的に診断したところ、「プログラマーが長時間勤務で疲労し、ケアレスミスを頻発している」ことが分かったとしましょう。そのとき、適切な解決策は「労務管理の改善」であって、「プログラミング研修」ではないでしょう。

ハンマーを持つ男のイメージ

この例は専門的な判断の誤りを示しています。「ハンマーを持つ人にはすべてがクギに見える」という格言があるように、経験の浅い「プログラマー社長」は、すべての問題を「プログラマー的」に考えてしまいがちです。人事・労務管理の問題を正しくその分野の問題として捉えられず、「ソフトウェアの品質が低く、生産性が低いのは、プログラミングスキルの問題だ」と誤認してしまうのです。

このような誤りを避けるうえで、プライマリ・ケアとしての総合的な診断が役に立ちます。クライアントの「主訴」は、目に付きやすい表面的な現象であったり、自分が知っている専門的フレームのなかでの「問題」だったりします。クライアントの主訴を鵜呑みにせず、総合的に診断することで、適切な問題解決のアプローチを見出しやすくなります。

定期訪問による予防的ケア

クライアント企業を定期的に「訪問診療」して、問題の早期発見に役立てることもできます。(※この話は今回は省略します)

事業を大きく構想するためのお手伝い

事業構想についての相談に乗ることもできます。事業の根本となる世界観や歴史観、そこから展開できる構想などについて、起業家といっしょに話をふくらませることができます。「夢を語る」といってもいいでしょう。

エコシステム思考の難しさ

現代の事業環境においては「エコシステム」という考え方がきわめて重要になっています。とくに、プラットフォーマー的なメガベンチャーを目指す人にとって、エコシステム的思考はきわめて重要です。

エコシステム的思考には特有の難しさがあります。いったん「自社」という立場をはなれて考えなければなりません。エコシステム全体の中での自社の役割について、深く理解しなければなりません。

しかしベンチャー企業では、そのような時間や心の余裕を持つことは難しいものです。どうしても目先の数値目標や、減り続ける口座残高のプレッシャーが強く、近視眼的な行動になりがちです。これがベンチャー企業においてエコシステムを考えることの難しさです。

エコシステム的な思考は大事なのに、それについて考える余裕がない。その結果、短絡的で小粒な事業構想にまとまってしまう……

ワークショップとイノベーション

ワークショップのイメージ

そんな状況のスタートアップ企業において、アーキテクトがワークショップをファシリテートすることで、大きな事業構想を模索することができます。

スタッフが異なる知見を持ちより、そこからエコシステムについて多角的に理解し、そのうえで自分たちの事業を再定義していく。そのようなワークショップには大きな可能性があります。

ここであらためてワークショップや対話の重要性について説明しておきましょう。

事業の理念は、創業者の個人的な信念から出発するものです。そうして起業した人は、まわりの人々を巻き込んで、組織をつくり、いずれ顧客を獲得することになります。

その過程では、当初の「個人的な信念」を、より多くの人々が納得する「公共的な価値」に転換していかなければなりません。それには「言葉」や「概念」の検討が欠かせません。

これは野中郁次郎教授の知識創造理論です。イノベーションとは、個人的な信念を、公共的な「真理」にむけて正当化するプロセスである、という思想です。

抽象的思考力

言葉・概念の検討プロセスでは、高度な抽象的思考力が求められます。「哲学的探求の思考術」といってもいいでしょう。起業家の「想い」を言葉として引き出し、その言葉から思考を深め、多くの人々に共感される理念(コンセプト)を導き出すのです。

私はこれまで数多くの新規事業にたずさわってきました。その過程で事業理念についての哲学的な対話を経験してきました。自分の概念操作力が事業構想の役に立つという実感を得てきたと同時に、多くの事業構想には抽象的思考力が足りないと危惧するようにもなりました。

「抽象的思考力」といっても、いわゆる「ロジカル・シンキング」のようなメソッドのことではありません。「哲学・文芸批評・社会学・経済学などのボキャブラリーを使って事業について考える力」のことです。つまりリベラル・アーツのことです。

例えば、近年のITベンチャー企業にとって、ユーザーのことをリサーチしてペルソナやカスタマージャーニーのフレームワークで深く理解しようとするのは当然のことになってきました。しかし、ユーザーがおかれている社会的コンテキストの全体像や時代性まで深く理解し、それを自らのボキャブラリーで記述できている企業がどれほどあるでしょうか。

ユーザーがおかれている社会的コンテキストの全体像や時代性を、自分のボキャブラリーで記述すること。そのような抽象的思考が、事業構想にスケール感をもたらします。事業の構想とは、社会の再記述にほかなりません。リベラル・アーツの有無は、構想力の決定的な差となります。

リベラル・アーツと事業構想

リベラル・アーツと事業構想の関係については、米国の大物起業家たちを参照するのがわかりやすいでしょう。

PayPal創業者のピーター・ティールは、スタンフォード大学で哲学学士、同ロースクールで法学博士をとりました。LinkedIn創業者のリード・ホフマンはオックスフォード大学の大学院で哲学(ヴィトゲンシュタイン)を専攻しました。Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグの愛読書は、ローマ建国神話『アエネーイス』です。そして、Apple創業者のスティーブ・ジョブズは、テクノロジー単体ではなく、テクノロジーとリベラル・アーツの融合が重要なのだと主張しました:

SF的想像力

SF(サイエンス・フィクション)の想像力も事業構想に役立ちます。SFは「ありえた/ありえるかもしれない、別様の世界や歴史の可能性」を提示する文学ジャンルです。それはすなわち反実仮想(事実とは異なる仮定の想像)的な社会の再記述の試みです。

Appleの有名な1984年のコマーシャルが、ジョージ・オーウェルの『1984年』を引用していることもまた有名ですね。「現実の1984年は、小説の『1984年』のような全体主義的ディストピアにはならない。なぜならMacintoshがあるからだ」というレトリックです。

より詳しく言えば、当時主流の「ホストコンピューターによる中央集権的なアーキテクチャ」に対して、Appleは「パーソナル・コンピューター」を打ち出したわけですね。そこでは「全体主義的管理社会」と「個人主義的自由社会」の二項対立構図が提示されています。そのうえで、視聴者に「あなたはどちらの世界に住みたいですか?」と問いかけている(価値を訴求している=バリュー・プロポジション)わけです。

このようなストーリーを作るためにはリベラル・アーツが必要なのです。3

ちなみに、SF的想像力を事業構想に活かすための試みとして、ゼロベース・サロンに起業家を招き、その事業構想についてSF的な角度から想像を膨らませたり、批判的に検討したりしています。その実践が「SF的事業構想メソッド」の開発につながるかもしれない、と期待しています。

地に足のついた、大きな事業構想

私と対話した起業家のなかには、「自分の事業の価値は、それまで自分で思っていたよりずっと大きかったのだ」ということに気付いた人がいます。それによって「事業の可能性」についての認識が更新され、よりよいストーリーが手に入ります。

例えば、資金調達における事業の成長ストーリー。マーケティングにおいて顧客に訴求する価値のストーリー。採用において求職者・候補者に「一緒に実現しよう」と呼びかけるビジョンのストーリー。事業にはそういった様々なストーリーが必要ですが、それらが魅力的なものになれば、事業の成功に一歩近づけるでしょう。

事業構想とは難しいものです。「小さくまとまりすぎた事業構想」は、もっと大きく再定義されなければもったいない4。一方、現実無視・誇大妄想的な「夢見がちな事業構想」は、地に足がつくように再定義されなければなりません。

野心的な起業家には、地に足のついた、大きな事業構想を持っていただきたいと思います。そのような事業構想をつくるうえで、アーキテクトの力が役に立つはずです。

結論

「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」のイメージ

アーキテクトとしての私が起業家やベンチャー企業のためにできることについて考えてきました。その結論はこうです。特定分野の専門家としてのコンサルティングではなく、総合的なプライマリ・ケアができます。また、エコシステムへの思考や、SF的想像力を呼びおこすことで、事業を大きく構想するためのお手伝いができます。

https://gmo-vp.com/interview/2014/08/2.html

デザインとエンジニアリングが増幅するファッションの可能性

GMO VENTUREPARTNERSは、ファッションコーディネートアプリ「iQON」を運営するVASILY金山社長に対し、VASILY社外取締役でもある弊社塩田がお話を伺い、さらには同社に対して定期的なUXコンサル支援を行っているGMO-VPデザインフェロー石橋氏も交えてVASILY社の真髄に迫るインタビューを行いました。

https://hideishi.com/blog/2014/12/01/design-fellow-at-venture-capital.html

ベンチャーキャピタルのデザインフェローという素晴らしい仕事

「ベンチャーキャピタルのデザインフェロー」という仕事が認知され、「職業」として成立し、日本の起業家生態系が一層発展することを期待します。

https://hideishi.com/blog/2020/10/14/philosophy-for-startup.html

起業がふたたび社会変革の前衛になるために 「スタートアップのための思想史・運動史」序説

全共闘以後、若者は政治音痴になり、運動嫌いになった。ノンポリになった。起業の目的も自己実現か金儲けになった。社会変革の大志は失われた。ふたたび起業が前衛になるためには何が必要か。
  1. この文章についてのお断り:言うまでもないことですが、「アーキテクト」と名乗るすべての人が同じようなことをできるわけではありませんし、そもそも「しよう」とか「したい」とも思っていないかもしれません。私はべつに「アーキテクトを代表」しているわけではありません。また、「市場創造と急成長を目論む」という意味での、狭義の「ベンチャー企業」が対象です。 

  2. 視点・論点 「総合診療医とプライマリ・ケア」より引用 

  3. なお、視聴者に『1984年』の説明をせずに「1984年は『1984年』のようにはならない」と言っているわけですから、「わかる人にしかわからない」ようなハイコンテクストなメッセージだといえます。 

  4. 決してスモールビジネスを否定するものではありませんが、ここでは「市場創造と急成長を目論むベンチャー企業」について論じています。