World IA Day Fukuoka 2020 のワークショップ設計にあたって、非利用者(ノン・ユーザー)のためのデザインの可能性を模索しました。

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[この記事はWorld IA Day Fukuoka 2020で実施したワークショップの理論編です。イベント・レポートもあわせてご覧ください]

このワークショップを設計する上で考慮した理論的な事柄を紹介しておきます。それによって、このようなワークショップを実施することの意義や、その成果物を用いたデザインを実践するヒントが伝わることを希望します。

今回のワークショップ設計において意識したことの一番目は、オブジェクト指向ユーザー・インターフェース(OOUI)の議論です。昨年の World IA Day Tokyo 2019 のテーマでもあります。そのイベントで上野学氏は「OOUIの目当て」という講演をしました。「タスク」ではなく「オブジェクト」を中心としたUI設計の方法論です。今回のワークショップには「対象」(オブジェクト)というカードが登場します。利用の対象となるサービスやコンテンツのことです。

また、ドナルド・ノーマン教授による「有害とみなされる人間中心デザイン」の議論も念頭にありました。細かい「タスク」ではなく、より高次のまとまりである「活動」(アクション)を中心とする活動中心デザイン(ACD)の考え方です。このワークショップに登場する「活動」カードがそれです。「鑑賞する」「参加する」「研究する」「食べる」などの行為を総称したものです。

このワークショップのポイントは、多様な「オブジェクト」と「活動」の組み合わせとして、様々なユーザー・ストーリー(ユーザーがサービスの利用を通じて経験する一連の出来事)を考えてもらうことです。カードをランダムに引けば、それまで考えたこともないような「想定外」のユーザー・ストーリーを強制的に考えさせられることになります。そのような発想ワークが、ミュージアムのオブジェクト(サービスやコンテンツ)の利用の幅を広げることになるはずです。

例えば、「出品リスト」と「研究」というカードから何を発想できるでしょうか。展覧会の出品リストや図録に掲載されているフロア・マップを大量に集め、画像分析した研究論文が出てくるかもしれません。どういう傾向の作品が、展示会場のどのような位置に展示される傾向があるか。その統計的分析結果から、キュレーターの無意識のバイアスが現れてくるかもしれません。これは単にいま思いついたことですが、まさにこういう発想がどんどんでてくるワークショップとして設計しました。また、この例についてもう少し言えば、このような研究の可能性を想像できれば、展覧会の詳しい情報を、構造化されたデジタル・データとして公開する意義もあらためて確認されるのではないでしょうか。

さて、ユーザー・ストーリーは、一般的に、「その経験を通じてユーザーが得る価値」の記述も含むことで、より具体的になります。したがって「価値」カードも用意しました。もちろん、参加者がその場で考えた「価値」の言葉を白紙カードに書き込んでもらっても構いません。「楽しい」「落ち着く」「考えさせられる」「自信を得る」などが価値を表す言葉です。

これでもまだ足りません。人は具体的なユーザー像を想定せずにストーリーを膨らませることができません(主人公の人物像がまったく分からないまま読まされる小説を想像してみてください)。そこで、ユーザー像を表す「条件」と「主体」のカードも組み合わせます。「見えない」「歩けない」「お金がない」「日本語がわからない」などの条件があります。また、「小学生」「研究者」「学芸員」「ペット」などの主体があります。

ここで質問ですが、「美術館のユーザー」として、どんな人々を想像するでしょうか? その想像力は社会の多様性を十分に反映できているでしょうか? 私たちの想像力には限界があります。一般的に、どんな業界でも、非利用者(ノン・ユーザー)による利用の場面を想像することは困難です。例えば、「ふだんミュージアムに来ない人たちを列挙し、それぞれがどのようにミュージアムを利用するかを述べてください」と言われて、どれほど多くの具体例を(しかも短時間で)出せるでしょうか。

このような想像上の限界を突破し、あらゆるユーザーを受け入れるインクルーシブなデザインを実現することは大きな課題です。美術館は万人に向けて公的なサービスを提供する機関なのですから。何らかの「条件」によって今までのところミュージアムを利用できていない、利用を諦めている人たち(ノン・ユーザー)もいるはずです。その人達のためにデザインする方法を考えていく必要があります。

ですから、「条件」と「主体」のカードには、いわゆる社会的弱者やマイノリティを示すキーワードをたくさん書き込みました。より厳しい条件を設定したほうが、より発想しやすくなるという考え方からです。「条件」や「主体」のカードをランダムに引いて組み合わせれば、自ずとインクルーシブなサービスを発想できるはずです。もちろん、カードは好きなだけ増やすこともできますし、実際に様々な条件を抱える当事者の人たちにリサーチしたり、ワークショップに参加してもらったりするのも有益でしょう。

現在主流の「人間中心デザイン」や「ペルソナ」というアプローチの再検討も必要です。普通のやり方なら、インクルーシブ・デザインを実践するためには、多様な想定ユーザー像(ペルソナ)を定義することになるでしょう。しかし、それでは上手くいかないと考えています。ペルソナが多すぎて。一般的にペルソナは1つ、多くても5つくらいまでに抑えるものだとされているはずです。

そもそもペルソナは想定ユーザー像に優先順位をつけるためのものです。最優先ペルソナ(プライマリー・ペルソナ)を定義するのが定石ですから。ならばペルソナは排除的な性質を持っていると言えます。包摂的であるべき公共サービスのデザインとは相性が悪いでしょう。

事業者にとって「無駄」なユーザーを切り捨てることは、ビジネス上は有利かもしれません。しかし、ミュージアムは万人が利用できなければなりません。したがって、ミュージアムのプライマリー・ペルソナを定義することには慎重にならなければなりません。

ペルソナに優先順位をつけてはいけません。かといって、ペルソナを無数に作ってもいけません。どうにも困ってしまいましたね。どうすれば多様なユーザーのためにデザインできるのでしょうか。

そもそも特定のユーザー像を中心におくデザイン手法そのものを疑う必要が出てきました。そこで有効なのが、オブジェクト指向や活動中心といったアプローチです。それらは人間を中心としないデザインですから。もちろん、それらのアプローチでもユーザー理解は重要です。UXリサーチもします。しかし、デザイン・プロセスの中心にいるのは、人間(ユーザー)ではなくオブジェクトです。

すべての人間のためにデザインしたかったら、デザインの中心に人間をおいてはならない。それが現時点の私の考えです。1

具体的にどうするかというと、ユーザー・ストーリーからオブジェクトや活動を抽出するのです。そのやり方はSophia Voychehovski氏の「オブジェクト指向UX」という記事で説明されています(また、私が監訳作業中の本でも扱っています)。その後の進め方はオブジェクト指向アプローチの定石通りです。重要なのは、オブジェクトと活動の本質を深く理解しようと努めることです。

インクルーシブなデザインとは、まだそれを利用したことがない人々(ノン・ユーザー)のためのデザインです。来るべきユーザーのために、あらかじめ様々な使われ方(活動)を想定し、オブジェクトにアクセスしやすいようデザインしておきましょう。そう、アクセシビリティも大事です。

「特定のユーザーを想定したデザイン」から「あらゆるユーザーを想定したデザイン」へ。さらにその先の「想定外のユーザーをも受け入れるデザイン」へ。それがインクルーシブ・デザインの理想だと考えています。

私は昨年「オブジェクト指向のハードコア」というワークショップで「無前提性」を論じました。無前提性とは、ユーザーについての前提をおかないこと、つまり「想定外のユーザーをも受け入れるデザイン」のことです。それを可能にするのがオブジェクト指向です。

来るべきユーザーのためのデザイン。未知の他者のためのデザイン。それは交換ではなく贈与の論理です。資本主義の論理の外に出てデザインすることです。それは祈りにも似ています。「オブジェクト」や「コンテンツ」や「サービス」などと呼ばれるそれが、必要とするすべての人に届きますようにと。

こういう考えで今回のワークショップを設計しました。情報アーキテクトとして、そして、いちアートファンとして。

イベント・レポートもあわせてご覧ください。

  1. この考えに至る上で、平均的な人間は存在するか?の議論も重要です。ペルソナとは人間を何通りかに平均化したモデルですが、それでは万人を相手にすることはできないのです。また、人間を中心に置くデザイン、いわゆる「人間中心設計」や「ユーザー中心設計」は、原理的に「人間とは誰か」「ユーザーとは誰か」という問いを伴います。潜在的ユーザー層の中に境界線がひかれ、ある種の排除の論理が働きます。