ルチアーノ・フロリディのポートレイト 出典:https://twitter.com/floridi

ルチアーノ・フロリディの情報の哲学や倫理学を使って「情報革命」「インフォスフィア」「インフォーグ」「エントロピー」「オブジェクト指向」などについて議論しました。

情報/ITアーキテクトのための「使える!フロリディ情報哲学」 (2013-08-20) from Ishibashi Hideto on Vimeo.

フロリディの思想はSF的です。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のようなサイバーパンクの世界観に通じます。

フロリディの存在論 1 を超ざっくり紹介すると、

  • 物質的な存在(例えばヒトや石ころ)と、非物質的な存在(例えば人工知能や文章)との両方が、同じく情報として存在する
  • 物質的な存在についても、生命的な存在(例えばヒトやイヌ)と、非生命的な存在(例えば書籍や地図)の両方が、同じく情報として存在する
  • 人間は存在そのものを認識せず、存在(対象)の概念モデルを作りながら対象を理解する。
  • あらゆるものが、人間にとっては情報として存在している。
  • すべては情報である。

といった世界観です。ふつうは「非物質的存在」のみを「情報」と呼ぶかと思いますが、フロリディは「(人間の認識上は)すべてが情報として存在している」と言うわけです。

情報革命のインパクトは農業革命・産業革命に匹敵する

フロリディは情報革命を壮大なスコープで捉えています。情報革命のインパクトは、農業革命や産業革命にも匹敵します。それらの革命が人類の社会構造を変えてきたように、情報革命も人類に大きな影響を及ぼします。

「情報革命が社会構造を変える」と言ったときに、フロリディは「人間の世界観が変わる」とも言います。つまり、

  • 「我々はどういう存在であるか」という内向的な理解と、
  • 「世界はどのような存在であるか」という外向的な理解

の両方が大きく変わるのです。言い換えると、我々の「存在論」(存在についての思想)が変わるということです。

情報革命は人間の存在論的な革命

人類は過去三度の存在論的シフトを経験してきました。情報革命は「第四の革命」です2

  1. コペルニクス革命(地動説):「我々は宇宙の中心に位置する不動の存在だと思っていたのに、じつは我々は太陽のまわりをぐるぐると回っているだけだった」という衝撃
  2. ダーウィン革命(進化論):「我々は神によって造られた存在で、他の動物たちとはまったく異なる存在だと思っていたのに、じつは他の動物たちと切り離された別個の存在ではなかった」という衝撃
  3. フロイト革命(無意識):「我々は自分自身を理性的に統御している存在だと思っていたのに、理性では制御できない無意識というものに多大な影響を受けていた」という衝撃
  4. チューリング革命(情報技術):「我々は一人ひとりが単体(スタンド・アローン)だと思っていたのに、相互に結びついたインフォーグ(情報的有機体)であった」という衝撃

情報革命(第四の革命)は始まったばかりです。いま生きている人々は、いずれ全員が亡くなって、デジタル・ネイティブだけの世界になります。そのとき、人類はどうなっているでしょうか。

情報倫理は環境倫理

フロリディの情報倫理学は環境倫理学に似ています。情報環境(インフォスフィア)に対する責任を、地球環境保護と同じように論じています。我々は健全な情報環境を残さなければなりません。それは将来世代(子孫)への責任です。

  環境倫理 情報倫理
生物圏バイオスフィア 情報圏インフォスフィア
背景 産業革命 情報革命
課題 環境破壊 情報環境破壊
価値 生物多様性 情報繁栄
価値観 生命中心 存在中心
構成素 生命 情報/存在
公害 エントロピー

エージェントとインフォーグ

インフォスフィアにとって有益な活動をしてくれるエージェントは重要な存在です。彼らは単に情報を整理するだけではなく、人間の問いにも応えてくれるようになるでしょう。そのうち、自律的に学習するようにもなるでしょう。しまいには「自我」のようなものが芽生えるかもしれません。そのとき、我々は彼らのような存在に「尊厳」や「人権」を認めるようになるでしょう。

ここで「人間」と「人間ではない知的な存在」の区別が曖昧になります。その区別をしない呼び名が「エージェント」です。我々人類はインフォスフィア(情報圏)に住むエージェントです。

エージェントのなかでも、有機体(生命体)については「インフォーグ」とも呼びます。「サイボーグ」という言葉が「自動制御技術で拡張された有機体(サイバネティック・オーガニズム)」であるように、「インフォーグ」は「情報技術で拡張された有機体」の意味です。

エントロピーについて

〔※この小節の内容は筆者の独創であり、フロリディ本人の主張ではありません〕

ふたたび生物圏(バイオスフィア)と情報圏(インフォスフィア)のアナロジーで考えてみましょう。

光合成はエントロピーを下げます。太陽エネルギーを使って、大気中の二酸化炭素を濃縮・固定化する活動が光合成です。エントロピーは「乱雑さ」の指標ですから、光合成はエントロピーを下げていることになります。

情報圏(インフォスフィア)の場合は、どうなるでしょうか。コンピューターを使ってインフォスフィアのエントロピーを下げることができます。有意味な情報とノイズの入り交じった情報圏から、有意味な情報だけを取り出して整理することができます。そのような情報処理は、インフォスフィアの情報エントロピーを下げます。

つまり、自律的に情報を整理するエージェント(ソフトウェアや人工知能)は、バイオスフィアにおける植物と同じような役割を果たします。いずれは、そういったエージェントが乱雑な情報を整理して「情報環境を浄化」する役割を果たしていくかもしれません。

おわりに

日本でフロリディの思想が広まることを期待しています。「情報環境に対する倫理」としての情報倫理を考える際に、フロリディのフレームワークは有効です。私はこれからもフロリディを紹介していくつもりです。

  1. 「存在論」とは、「あるものが「存在する」とは一体どういうことなのか?」という問い。 

  2. 「存在論的革命」は西洋の知的伝統における転換点のことです。日本人の知的伝統とは異なります。